子育て

SNSトラブルやイジメが減らない原因?子供が余計な事を考える時間と社会の関係

これ、何だと思われますか?今朝リビングルームで見つけたものです。

ローズマリー、タイム、セージ、オニオン、スモークパプリカ。ドライハーブのミックスでした。

料理好きの次男が、自分の卵料理用に、朝っぱらからゴリゴリやっていた様子。ミックスハーブがこの数日間切れたままなのを見かねた次男が準備した、というだけのこと。

小さな小さな出来事ですが、こんな事もホームスクーリングならではと感じました。

ミックスハーブに何が入っていたかなぁ、と考えて自分で調合してみる。計画してやった事ではなく、朝食前の時間に考える心の余裕があった結果。

そんなこと子供が考えなくても、休暇中とか週末にやればいいのでは?とも考えられます。でもお休みの日に、きちんと体も心も休んでいる小学生、あまりいませんよね。

とりあえずゆっくり考えてみる、という時間なんて、ほとんどない。取り憑かれた様にいつもスケジュールが一杯。それで何か達成したような感覚に、子供だけでなく親も浸りっきりになってしまう。

ボーイズ曰く、通っていた学校でも学年が上がっていくと、速ければ速い程褒められる。 課題に沿って何かを作り上げるような授業では、内容もクオリティーもあったものではないのだそう。それに対して、先生やクラスメートは疑問を持たないんですって。

休み時間まで使って満足いくまで課題に取り組んでいた次男は、何度も先生に注意されるうちに、なんだか一生懸命にやることがバカバカしくなってきた!と。そのうち、速ければいいんだよね?と、字も雑に書くようになってしまい、去年の連絡帳なんて解読不可能にまで達しました。

スピードなんて必要になればついてくるものなのに、内容の薄い数をこなす事に一生懸命な教育じゃ、身になりませんよね。私自身も小さい頃は、色々考えている時間が多かったのかな、おっとりしてると言われていたような気がします。

時間をかけて考えてみる。それを自由にアウトプットする。皆が同じ内容でなくても、攻撃ではなく、意見を交換して理解しあう。

そういう事をすっ飛ばして、疑問を持たずに大人になってしまい、感情もインスタントに受け入れる事に慣れていくと、助言さえもウザくなっていく。そのうち年齢が上がっていけば、助言してくれる人もいなくなる。

社会全体が、何でも面白ければとりあえず早くキャッチ!というスタイルを、正当化し過ぎてしまったのでは?

とりあえず得た言葉でみんなが同じ様な表現をするから、誰が何を言ったか何を書いたか、頭に残らない。「個性的」 という同じスタイルを取り入れるから、特に目を引かない。

それなのに 「個性的」 という言葉に強い憧れを持つ不思議。個性を伸ばす、というのもおかしな表現です。だってそれがあたりまえの事でなくてはならないのに。

始めから、人は皆違うんだと認識していれば、ゆっくり考える時間を持っていれば、もっと心穏やかに過ごせるし、社会に蔓延する、イジメやSNSトラブルなんかも減るんじゃないかな、と思うのですけれどね。